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札幌地方裁判所 昭和49年(ワ)556号 判決 1980年1月17日

原告

浅野俊夫

外五名

右原告ら訴訟代理人

山中善夫

外五名

被告

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

小川英明

外五名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一原告らは、本訴において国会が本件改正法(昭和二七年法律第三〇七号、同年八月一六日公布、同年九月一日施行)によつて在宅投票制度を廃止したこと(本件立法行為)及びその後在宅投票制度ないしこれと同視し得る制度を復活ないし制定する立法をしないこと(本件立法不作為)が憲法に違反し、そのために損害を被つたとして国賠法一条一項による損害賠償を求めているものであるところ、被告は、右の如き国会の立法行為ないし立法不作為に基づく国家賠償請求は許容されるべきではない旨主張するので、まずこの点について検討を加える。

1(一)  憲法一七条は、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。」と定めて、公務員の不法行為によつて損害を被つた者に対する国又は公共団体(以下、単に「国」という。)の賠償責任を認め、その具体的内容の定立を法律に委ねており、これを受けて、国賠法一条一項は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定している。そして、憲法において「公務員」という語は、国会議員を含めた意味で用いられていることは明らかである(一五条、九九条)ところ、国賠法が右のように憲法一七条を受けて制定されたものであることからすれば、同法にいう「公務員」を憲法におけるそれと同義に解すべきは当然であり、また、国会議員は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である国会の構成員として、法律の制定という、それによつて直接国民の権利義務に制肘を加えるという国の公権力行使の最たる行為に携わるのであるから、国会議員が国賠法一号一項所定の「公権力の行使に当る公務員」に該当することはいうまでもない。

(二)  一方、裁判所は、法律の憲法適合性について判断する権限を有する(憲法八一条)のであるから、国会が違憲の法律を制定した場合には、当該立法行為は国賠法の適用上も違法と評価され、それによつて損害を被つた者に対し、国は、国会議員に故意・過失のあることを前提として、同法により賠償をする義務が生じ、裁判所は国に対し右賠償を命ずることができることは明らかというべきであるけれども、国会がある一定の立法をしないこと、すなわち立法不作為について違憲問題が生ずる余地があるかどうか、裁判所がその点についての憲法適合性判断をなし得る場合があるかどうかに関してはいわゆる三権分立の原則との関係で疑問が全くないわけではない。しかし、これらの点については、(詳論は避けるが、)憲法一三条、八一条、九八条一項、九九条の諸規定に徴し、いずれも積極に解するのが相当であり、そうすると、立法不作為について国賠法の適用を否定するいわれはなく、立法行為による場合と同様にその適用を肯定しなければならない。なお、一定の公権力を行使する義務がある場合にそれを行使しないことも国賠法一条一項にいう「その職務を行うについて」に該当することはいうまでもないところである。

2(一)  被告は、憲法五一条によれば、両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問われないものとされているから、仮に国会議員が憲法に違反する法律案に賛成し、違憲の法律を制定したとしても、民事上の責任を問われることがなく、これにより他人の権利を侵害し損害を生ぜしめたとしても、右表決に加わつた議員が賠償責任を負うことはないから、代位責任者としての国も国賠法による賠償責任を負う理由はない旨主張する。

なるほど、国会議員が違憲の法律の制定に携わつた場合にも、院外で民事上の責任を問われることがないことは、憲法の右規定から明らかである。しかし、このことから被告が主張するように、直ちに国が国賠法上の責任を負わないものということはできないと解する。けだし、憲法五一条が、国会議員の院内における演説、討論又は表決について院外での民事上の責任を免除したのは、国会における国会議員の言論の自由を最大限に保障し、もつて国会議員がその職務を行うについて制約されることが少しでもないようにすることを目的としたものであつて、その立法行為又は立法不作為が違憲であつた場合に、それが当然適法なものとみなされることまで定めたものとは到底解されない(言葉をかえていえば、憲法五一条は、国会議員の民事責任を免除することによつて、その院内における言論の自由を確保しようとしたもので、それ以上に国の損害賠償義務の消長について定めたものではないと解される。)し、また、憲法一七条をうけて制定された国賠法一条一項により国が賠償責任を負う場合であつても、加害公務員個人としては、賠償責任を負うことがないという解釈が判例上も確立されているうえ(最高裁判所昭和二八年(オ)第六二五号同三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、同裁判所昭和三九年(オ)第四〇一号同四〇年四月一日第一小法廷判決・裁判集民事七八号四八五号頁、同裁判所昭和四九年(オ)第四一九号同五三年一〇月二〇日判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)、同法一条二項においては、公務員に軽過失があつたに過ぎない場合には国も当該公務員に求償することができない旨規定されているように同法自体が公務員個人に民事上の責任がないにもかかわらず、国が賠償責任を負う場合のあることを予定しているものであることからすれば、公務員に同法に定める以外の何らかの免責事由のあることは、国が賠償責任を負うことの妨げになるものではないというべきだからである。

ひつきよう、国賠法の解釈において、憲法五一条の有する意味は、国会議員は、院内で演説、討論又は表決をするについて、故意又は重過失によつて他人に損害を与えたとしても、国から国賠法一条二項によつて求償を受けるおそれのないことが、憲法上保障されているということである、と解するのを相当とする。かように解するのが、公務員の不法行為による損害について国の賠償責任を認め、もつて被害者の救済の全きを期することを目的とした憲法一七条及び国賠法と憲法五一条を合理的に調和させるものというべきである。

(二)  もつとも、前記のとおり国賠法による国の賠償責任が肯認されるためには、当該違法行為を行うにあたり公務員に故意又は過失が認められることを要するのであるが、国会の立法行為又は立法不作為のように公権力行使の主体が国会という公務員の集合体である合議制機関の場合には結論的には必ずしもそれを構成する個々の国会議員の意思についての故意・過失を問題にする必要はなく、個々の国会議員の意思の多数決原理に基づく集約の結果である国会のそれをもつて判断すれば足りるものと解するのが相当である。

けだし、右のような合議制機関が公権力の行使の主体とされる場合に当該合議制機関の行為としてその効力を生ずるのは構成員たる個々の公務員の意思そのものではなく、それらが集約されて客観化されたものとしての合議制機関の意思であるから、国賠法の適用上も右の機関意思をもつて公務員の意思とみなすことが可能であり、その機関意思について有責性についての判断を加えるのが妥当と解されるからである。

3  なお、被告は、法律案は両議院における慎重な審議を経て法律として成立するのであるから、立法行為に関し国会議員の過失責任を問題とする余地は全くなく、従つて、これを原因とする国家賠償請求は許されない旨主張するが、過失の存否は専ら実体的判断にかかわる事柄であり、立法行為に関するがゆえに右実体的判断をまたずに当然に過失の存在が否定されるわけのものではないことは明らかであるから、右主張は理由がない。

以上の理由により、国会の立法行為ないし立法不作為に基づく国家賠償請求は許容されるべきでない旨の被告の主張は失当であり、採用できない。

二そこで、以下、原告らの請求の当否を判断するにあたり、最初に公選法及び同法施行令による在宅投票制度改廃の経過について検討する。

公選法は、原則的な投票の方法として、選挙人は選挙の当日自ら投票所へ行き、投票所において、投票用紙に自ら当該選挙の公職の候補者一人の氏名を記載し、これを投票箱に入れて投票しなければならないものと定め(四四条一項、四六条一項)、いわゆる投票現場自書主義を採用しているが、本件改正法による改正前の同法四九条は、その例外として、選挙人であつて同条所定の事由により選挙の当日自ら投票所に行き投票することができない旨を証明するものの投票については政令で特別の規定を設けることができる旨を定め、これを受けて昭和二七年政令第三四七号公選法施行令の一部を改正する政令(同年八月一六日公布、同年九月一日施行、以下「本件改正令」という。)による改正前の公選法施行令は、いわゆる不在者投票制度の一環として、右改正前の公選法四九条三号前段所定の事由がある選挙人、すなわち、疾病、負傷、妊娠若しくは不具のため、又は産褥にあるため歩行が著しく困難な選挙人の投票については、郵便をもつて若しくは同居の親族によつて、当該選挙人名簿の属する市町村の選挙管理委員会の委員長に対して、投票用紙及び投票用封筒の交付を請求し、その現在する場所において投票の記載をなし、身体の故障によつて自ら候補者の氏名を記載することができないときは他人に投票の記載をさせ、これを右選挙管理委員会の委員長に対し、選挙の前日までに郵便をもつて送付し、又は同日までに同居の親族によつて提出させることができるという在宅投票制度を採用していたこと、ところが、国会は、同二六年四月に行われた統一地方選挙において、右の在宅投票制度を悪用した多数の選挙違反が発生したことを理由に、同年一二月一〇日から開催された第一三回国会において、本件改正法による改正前の公選法四九条を、選挙人であつて同条所定の事由により選挙の当日自ら投票所に行き投票することができない旨を証明するものの投票については、政令の定めるところにより不在者投票管理者の管理する投票を記載する場所においてのみ投票させることができると改めることを含む本件改正法を可決成立させ、これにより前記在宅投票制度が廃止されたこと、また、これに伴い本件改正令によつて、同改正令による改正前の公選法施行令の右在宅投票制度に関する規定は当然に削除され、その結果、改正前の公選法四九条三号所定の事由がある選挙人のうち、都道府県の選挙管理委員会が指定する病院等に入院中の者だけが右改正令によつて改正された公選法施行令により、不在者投票管理者としての当該病院等の長が管理する投票の記載場所において投票することができるにすぎないことになつたこと、なお、その後、同四九年六月三日に公布された同年法律第七二号公選法の一部を改正する法律(同五〇年一日二〇日施行)による公選法の改正並びにこれに伴う同法施行令の改正により、重度身体障害等のために郵便による投票を認める一種の在宅投票制度が設けられたことは、公選法並びに同法施行令の改正経過及び弁論の全趣旨により明らかであると共に、その大筋において当事者間に争いがない。

三右のとおりだとすると、疾病、負傷、妊娠、不具若しくは産褥にあるため歩行が著しく困難であつて、選挙の当日投票所に行き投票できない選挙人(本件改正法による改正前の公選法四九条三号所定の事由がある者)であつて、不在者投票管理者の管理する投票の記載場所において投票することができない者(以下「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」と略称する。)は、本件改正法の施行により、国会議員選挙並びにいわゆる地方選挙において、選挙権の行使、すなわち投票をすることが事実上不可能になつたというべきであるから、このような者に対する関係で本件改正法によつて在宅投票制度を廃止したことが憲法に違反するかどうかが問題となり得る。そこで、これらの点について検討を加えることとする。

1  憲法は、主権が国民に存することを宣言すると共に、国政は国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者が行使するものであることを明らかにしたうえ(前文一項)、国権の最高機関である国会は、全国民を代表する選挙された議員で組織する衆議院及び参議院で構成するものとし(四一条、四二条、四三条一項)、また、公務員を選定することは国民固有の権利であるとし、その選挙については成年者による普通選挙を保障している(一五条一項、三項)。さらに憲法は、地方公共団体の長及びその議会の議員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものとしている(九三条二項)。他方、憲法は、一四条一項において、すべて国民は法の下に平等であると定め、一般的に平等の原理を宣明するとともに、政治の領域におけるその適用として、前記一五条一項、三項のほか、さらに、国会議員の選挙人の資格について、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないと規定している(四四条但書)。

そこで、右のような憲法の前文並びに諸規定にかんがみると、憲法が保障する選挙権は、憲法の採用する国民主権の原理に基づく国民の国政への参加の機会を保障し、また国民が地方住民として地方自治に参加する機会を保障するものであつて、憲法上国民が有する権利のうち最も基本的なものの一つであり、議会制民主主義の根幹をなし、地方自治の基礎をなすものであることが明らかというべきところ、選挙権投票をすることによつてのみ行使し得るのであるから、投票の機会の保障なくして選挙権の保障はあり得ず、選挙権の保障の中には当然に投票の機会の保障が含まれるものと解さなければならない。

次に憲法の前記諸規定からすれば、選挙権は成年に達した国民のすべてに平等に保障されているものと解されるところ、平等は自由と並んで、近代国家における基本的かつ窮極的な価値、理念として、特に政治の分野において強く追求されてきたのであるが、それにもかかわらず、基本的な政治的権利というべき選挙権についても、歴史的には当初種々の制限や差別を伴つていたのであり、それが多年にわたる民主政治の発展の過程において次第に撤廃され、今日における平等化の実現をみるに至つたものであつて、国民の選挙権に関する憲法の規定も、また、このような歴史的発展の成果のあらわれにほかならない。そして、右の歴史的発展を通じて一貫して追求されてきたものは、選挙という国民の国政参加の最も基本的な場合においては、国民は原則として完全に同等視されるべく、各自の身体的、精神的又は社会的条件に基づく属性の相違はすべて捨象されるべきであるとする理念であるが、これを徹底していくと、選挙権の平等は、単に選挙人資格に対する制限の撤廃による選挙権の拡大の要求にとどまらず、選挙人の投票の等価値化の要求や選挙権行使の機会の平等な確保の要求に至らざるを得ないのであり、前述のように憲法一五条一項、三項、四四条但書がこのような歴史的発展の成果の反映であることをも考慮するときは、憲法一四条一項に定める法の下の平等は、選挙権に関するかぎり、国民はすべて選挙権行使の機会においても平等であるべきであるとする徹底した平等化を志向するものであり、右一五条一項、三項、四四条但書の各規定の文言上は単に選挙人資格における差別の禁止が定められているに過ぎないが、それだけにとまらず、右のような選挙権行使の機会の平等化をも要求しているものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四九年(行ツ)第七五号、同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二三三頁参照)。

しかしながら、憲法は、他方において、選挙が正当、公正に行われるべきこと、また選挙人が自由な意思で投票することができるために投票の秘密が保たれるべきことをも要請しているのであつて(前文一項冒頭、一五条四項)、これらも民主政治の維持発展を担保するものとして不可欠な憲法上の要請であることは疑いのないところである。してみると、これらの要請や、さらには一定の時期の多数の選挙民の意思を知るという選挙制度の運用に際して不可避的に生ずる制度的、技術的制約によつて、前記投票の機会の平等保障が多少の譲歩を強いられることはやむを得ないものというべきである。

ところで、憲法は、国会議員の選挙に関する事項はこれを法律で定める旨を特に規定し(四七条)ているが、国会が、国会議員その他公務員の選挙に関する事項の一つとし投票の方法をどのように定めるか、ある一定の投票方法を採用するか否かなどについて広範な裁量権を有することは憲法解釈上明らかである。しかし、右裁量権も、国の最高法規である憲法(同法九八条)を頂点とする現行法秩序の許容する範囲内においてのみ妥当すべく、前述のような憲法上の諸要請に由来する制約は免れないものと解されるところ、選挙権行使の機会が平等に保障されるべき旨の要請は、論理上、選挙が正当、公正に行われるべき旨の要請や選挙人による候補者の自由選択のために投票の秘密が保障されるべき旨の要請の前提をなすものというべきであるから(投票の機会が与えられてはじめて、選挙が正当、公正に行われたか、投票の秘密が確保されたかが問題となり得る。)、選挙が正当、公正に行われ、また投票の秘密が侵されないようにするため合理的と認められるやむを得ない事由のない限りは、投票の機会の平等保障は立法上貫徹されなければならず、国会はそのような内容の選挙制度の定立を憲法上義務付けられているのであり、前記裁量権は右制約によつてわく付けられているものというべきである。

2  本件改正法による改正前の公選法が原則的投票方法たる、いわゆる投票現場自署主義の例外措置として在宅投票制度を採用していたことは前述のとおりであり、これが投票機会の平等保障という憲法上の要請に沿うものであることは明らかというべきところ、本件改正法並びに同改正令の施行により、右在宅投票制度が廃止され、それまで在宅投票制度の利用ができた者のうち「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」は、事実上、選挙権を行使すること(投票をすること)が不可能となつたことも前記のとおりである。そこで、これらの者に対する関係で右在宅投票制度を廃止した本件改正について、ないしはこれらの者に対し投票を確保するに足りる制度を設けないことについて、合理的と認められるやむを得ない事由があるかどうかを判断する。

(一)  まず、「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」のうちには、選挙の当日又はその直前に急病、負傷等のため歩行が不能又は著しく困難になつて投票所へ行くことができなくなつた者が含まれるが、このような者にまで投票の機会を確保することは選挙制度の運営上技術的に不可能であることは明らかであるから、そのような者に投票の機会が確保されていなかつたとしても、それについては合理的と認められるやむを得ない事由があることは明白である(以下においては、右のような突発的事由により選挙の当日投票所へ行けなくなつた者を「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」の範囲から除外するものとする。)。

① 在宅投票によつて投票した者の総数

選挙        本人      代理記載     合計      不在者投票総数に対する割合

知事        三九万五二六三  八万二一九四  四七万七四五七  51.0%

都道府県議会議員  五四万五七五八 一〇万四六四三  六五万〇四〇一  51.2%

市区町村長     三五万一六三〇  六万六九四〇  四一万八五七〇  57.1%

市区町村議会議員  六〇万一七六三 一一万八八二一  七二万〇五八四  55.3%

② 選挙犯罪数

買収         二万二五八八件(五万〇七七五人)

戸別訪問         二一八四件(二八七九人)

詐偽投票、不在投票等   二〇四五件(二二九三人)

③ 選挙争訟数(総数一〇二四件((うち取下げ一〇〇件)))

不在者投票に関するもの  二四一件(総数に対する割合23.5%)

代理投票に対するもの   一〇六件(同10.4%)

(二)  次に、在宅投票制度を廃止した本件改正の理由が、昭和二六年四月に行われたいわゆる統一地方選挙において、在宅投票制度を悪用した多数の選挙違反が発生した事実によるものであつたことは前記のとおりであるので、その実態について考察してみることとする。

(1) <証拠>によれば次の事実が認められる。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(2) <証拠>によれば、前記統一地方選挙に関し、長野県、栃木県、広島県、香川県、埼玉県、神奈川県、岐阜県、愛知県、山形県、山口県などにおいて各県選挙管理委員会に対し、各県下の地方公共団体の長又は議会議員選挙について、不在者投票の悪用を理由とする選挙争訟が提起されたが、これらに対する各選挙管理委員会の異議決定や裁決にみられる悪用の事例は次のとおりであつたことが認められる。

① 昭和二六年九月四日の長野県選挙管理委員会裁決は、飯田市議会議員選挙における不在者投票数一二〇四票のうち、在宅投票は八六一票であり、このうち、在宅投票の規定に違反した無効の投票は、三一六票と認定し、いわゆる潜在無効投票の処理につき、各当選人の得票数からかかる無効投票等を控除した場合、次点者と同数又はそれ以下となる者は当選を失うとされていた当時の選挙法の解釈に従い当選者全員の当選を無効としたが(この点は以下の②ないし⑤の場合も同様である。なお、本件改正法によつて新設された公選法二〇九条の二によつて、潜在無効投票があるときは、開票区ごとに各候補者の得票数に応じて按分し得た数をそれぞれ差し引いて、当該選挙における各候補者の有効投票を計算する旨定められた。)、違反内容として、選挙人が現在する場所で記載したと称して、市の嘱託員、選挙運動員と推定される者、あるいは同居でない親族、知己等が、選挙人の疾病(白痴その他の精神異常者で、意思能力のない者を含む。)産褥、文盲、盲人、老衰あるいは旅行中等の諸理由で、投票ができない事情にあることを知悉しつつ、これを勝手に利用したことを挙げ、またその方法としては、あらかじめ市選挙管理委員会から配付された投票所入場券を、当該選挙人若しくはその家族から入手し、又は医師、助産婦と共謀しあるいはこれらを偽つて、その証明書の発行を得、同居の親族を装つて投票用紙を請求し、一切の交付を受けてから、その者がほしいままに記載したり、あるいは、本人やその家族を訪問、誘導して記載させたり、又は他人に記載させてこれを受取り、その者や他人の手によつて、選挙管理委員長に提出するなどしたことや、代理記載することができない者であるにかかわらず、これを記載しかつ、その記載にあたつてその大部分が選挙人の現在する場所以外において行われ、更に甚だしいのは旅行中の者を疾病者にしたり、未成年者を選挙人と偽り、これを疾病者として代理記載をしたことなどを挙げている。

② 昭和二六年一〇月二九日ごろの栃木県選挙管理委員会裁決は、藤岡町長、同町議会議員選挙における在宅投票の規定に違反する投票は一八三票と認め、当該選挙を無効とし、違反内容として、投票日の当日に投票所に行つて投票することができない事情のある選挙人につき、同人の投票所入場券を当該選挙人若しくはその家族から入手した選挙運動員が医師と共謀したり、あるいはその事由を偽つて証明書の発行を受け、甚だしい場合は町選挙管理委員会において便宜印刷して配布した証明書用紙に勝手に病名を記入し、医師は単に捺印したにすぎないものや、既に証明されたものに勝手に選挙人の氏名や病名等を書き加えたものを町選挙管理委員会に提出し、投票用紙及び不在者投票用封筒の交付を受け、不在者投票を行つたが、この大部分は各候補者の選挙事務所等において投票の記載が行われたことを挙げている。

③ 昭和二七年二月一三日の広島県選挙管理委員会裁決は、広島市議会議員選挙における有効投票総数一三万八七三八票のうち、在宅投票の規定に違反した投票は、少くとも六三二票あると認定し、当選者全員の当選を無効としたが、違法事由として、

(イ) 選挙人と全然意思の連絡がなく選挙人の知らない間に投票が行われたもの  四九票

(ロ) 選挙人の同居の親族若しくは選挙運動員と認められるもの、又はその他の者が、選挙人から一応投票の手続の依頼を受けたのであるけれども、投票用紙等の請求より投票の提出までの一連の投票行為を選挙人の不知の間に行つたもの  一六八票

(ハ) 投票用紙等の請求を、選挙人の同居の親族でない者が行つたもの  二〇票

(ニ) 投票用紙等の請求及び投票の提出を、選挙人の同居の親族でないものが行い、かつ選挙人が文盲であるにもかかわらず他人が投票の記載をしたもの  四五票

(ホ) 投票用紙等の請求及び投票の提出を選挙人の同居の親族でないものが行つたもの  二〇九票

(ヘ) 投票用紙等の請求を選挙人の同居の親族でないものが行い、かつ選挙人が文盲であるにもかかわらず他人が投票の記載をしたもの  七票

(ト) 選挙人が文盲又は盲目であるにもかかわらず他人が投票の記載をしたもの  八一票

(チ) 投票用紙等の請求及び投票の提出を、選挙人の同居の親族でないものが行い、かつ選挙人の現在しない場所において他人が投票の記載をしたもの  八票

(リ) 選挙人が文盲であるにもかかわらず他人が投票の記載をし、かつ選挙人の同居の親族でないものが投票の提出をしたもの  一票

(ヌ) 投票の提出を選挙人の同居の親族でないものが行つたもの  一六票

(ル) 選挙人の現在しない場所で他人が投票を記載したもの 二二票

(ヲ) 同一選挙人の投票が二重に行われたもの  三票

(ワ) 公選法四九条三号に掲げる事由に該当しないのに同法施行令五八条一項の規定によつて投票したもの 三票

などを挙げている。

④ 昭和二六年一一月一日香川県選挙管理委員会は、高松市議会議員選挙につき、選挙無効の裁決をしたが、その理由として、在宅投票の処理にあたつた選挙管理委員会の担当者が不在者投票事務に慣れない全くの未経験者であつたため、その処理にあたり、

(イ) 在宅投票に関し不在者投票用封筒及び投票用紙を同居の親族でない者に交付したもの  約四三件

(ロ) 在宅投票に関し同居の親族でない者より提出された不在者投票封筒を受理したもの  約五〇件

(ハ) 公選法所定の指定病院でない病院を指定病院と誤認して患者の不在者投票に関し一括交付または受理をしたもの  約一一件

等の過失をおかして約六五票の無効投票を生ぜしめたこと、不在者投票のすりかえ、不在者投票送致手続を怠慢したためこれを焼却したことなどの不正行為があつたことなどを挙げている。

⑤ 昭和二六年一〇月三〇日の埼玉県選挙管理委員会裁決は、大里郡花園村長、同村議会議員選挙における不在者投票数四四六票のうち、在宅投票三九六票につき、「その請求及び申立に当つては文書をもつて郵便又は同居の親族によりこれをすることになつているが、文書をもつてこれが行われているのは一名もなく、従つてこの一事をもつてしても右三九六票はその請求の手続に違法があり無効」と認め、当選者全員の当選を無効としたが、なお、右に加え、違法事由として、請求の手続に違法のあるもの一一〇票、送致の手続に違法のあるもの五六票、投票の記載の手続に違法のあるもの二三二票、不在者投票の事由に該当しないと認められるもの九六票、医師等の証明書に瑕疵があると認められるもの一三一票を挙げている。

⑥ その他、横須賀市議会議員選挙、岐阜県、愛知県及び山形県下の各地方選挙、山口県熊毛郡勝間村議会議員選挙においても、同様の事例があつた。

以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(3) これらの事実及び<証拠>によれば、在宅投票制度が前述のように悪用された主要な原因は、

① 本件改正法による改正前の公選法は、同法制定前の選挙法規(衆議院議員選挙法、参議院議員選挙法、地方自治法)によつて認められていた郵便投票の方法に加えて、同居の親族によつて投票用紙を請求し、また投票の提出を認める在宅投票制度を採用したのであるが、実際問題として同居の親族かどうかの認定が困難であり、またその認定の運用がずさんであつたため、これが選挙運動員らの悪用するところとなつたこと

② 在宅投票用紙を請求するには法の定める事由についての医師等の証明書が必要であつたが(公選法施行令五〇条、五二条)、これが診断書まで要求したものではなく、かつ罰則の制裁を伴わないものであつたため、濫発されたこと

③ 市町村選挙管理委員会が弱体であり、かつ、しばしばその管理に不適正な点があつたこと

であつたことが認められ、しかもその悪用の事例は決して少くなく、またその及ぼした影響も軽視できなかつたものということができる。

(三)  右のとおりであつたとすると、在宅投票制度による弊害を除去するための何らかの措置をとる必要性は大きかつたものというべきである(現に、<証拠>によれば、在宅投票制度廃止後の昭和三〇年四月に実施された地方選挙では選挙犯罪や、選挙争訟が激減していることが認められる。)。それゆえその弊害除去を目的としてなされた本件改正は、その目的はもちろん正当として是認し得るものである。しかしながら、そのことのゆえに「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」から投票の機会を実質的に奪うに等しい在宅投票制度の全面的廃止までが直ちに正当として是認されるわけのものでないことはいうまでもないところである。もちろん、投票管理者の管理下にない選挙人の現在する場所で投票の記載をなさしめる在宅投票制度には悪用のおそれが内在することを争えず、右悪用の防止は選挙民の自覚にまつところが大であつて、その絶滅を期するためには在宅投票制度そのものを全面的に廃止するほかはない。けれども、本件改正の動機となつた前示統一地方選挙における在宅投票制度悪用の実態が前認定のとおりであつたとすれば、たとえば、同居親族の介入を許す制度の再検討、在宅投票をなし得る者に該当することの証明方法の改善など、主として手続面、運用面の是正によりおおむね悪用による弊害の防止という所期の目的を達成し得たのではないかと考える余地がある。現に、その後、重度身体障害者等について在宅投票制度が復活されたことは前述のとおりである。それにもかかわらず、本件改正法案の後記審議過程においても、在宅投票制度についての右のような是正措置、すなわち「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」のため、より制限的でない他の選び得る方法を採用することの可否を検討した形跡がなく、その理由は、後述のとおり国会が右改正法案による在宅投票制度の廃止により違憲問題が生じる余地はないとの認識、すなわち在宅投票制度を設けるかどうかは国会の裁量権の範囲内の事柄であるとの認識に立つていたことによるものと推認されるけれども、選挙権行使の機会の平等保障という憲法上の要請は、選挙は正当、公正に行われなければならず、投票の秘密は保障されなければならないという他の憲法上の要請の前提をなすものであることに思いをいたすならば、より制限的でない他の選び得る手段について検討することなく、一挙に在宅投票制度を廃止した本件改正法による立法措置は、たとえその立法目的が合理的であつたにしても、立法目的実現のための手段としての適合性において合理的なものであつたとはいいがたく、やむを得ない事由があつたとは認めがたい。

もつとも、在宅投票制度の悪用による弊害は、国会議員選挙の場合に比し、狭い区域を選挙区として行われ、従つて選挙人の員数も少い地方選挙の場合により現われ易いことは見易い道理であり、これが前示統一地方選挙において在宅投票制度の悪用が多発した原因の一つであつたことは容易に推認されるところではあるが、これは単なる程度の相違であつて、事柄の本質においては何ら異ることはないというべきであるから、前記合理性判断に関し両者を区別するのは相当といいがたい。

3  以上のとおり、それまで存在していた在宅投票制度を本件改正法により廃止した措置には合理的と認められるやむを得ない事由がなかつたのであるから、右改正法による立法措置、すなわち、本件立法行為は、「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」に対する関係において憲法一五条一、三項、四四条但書に違反し、違法のそしりを免れないといわなければならない。そして、右の本件立法行為による改正の結果、以後の選挙において、「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」の投票についても在宅投票制度に関する規定が削除された公選法の規定、すなわち、原則的投票方法たる投票現場自署主義の規定が適用されることになつたのであるから、本件立法行為と「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」に対する本件改正法による改正後の公選法の適用との間には因果関係があるものというべきところ、右改正後、昭和四九年に重度身体障害者等に対して在宅投票を認める立法措置が講ぜられるまでの間に、新たに、前記の合理的と認められるやむを得ない事由、従つて、「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」に対し在宅投票制度を認める立法措置が講ぜられていなかつたことについて合理的と認められるやむを得ない事由が生じたことの主張立証はない。してみると、在宅投票制度を伴わない右改正後の公選法の投票の方法に関する規定は、上述したところに照し、「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」に適用されるかぎりにおいて、違憲、違法であり、その都度、それらの者の選挙権が侵害されたものといわなければならない。

四なお、右のとおりであるとすれば、原告らの本訴請求の判断にあたり、国会が新たに在宅投票制度ないしこれと同視し得る制度を設けるべき立法措置をしなかつたこと、すなわち本件立法不作為の違憲、違法を論ずる必要はないものと解される。

五そこで、次に本件立法行為についての国会議員の故意又は過失の存否を、前示第一項2の(二)において説示した見地に立つて判断する。

1  まず、在宅投票制度を廃止した本件改正法制定の経緯並びに国会における同改正法案審議の経過についてみるに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件改正法による公選法の改正作業は、第一〇国会から第一三国会に跨つて行われたものであるが、まず第一〇国会において、昭和二六年四月に施行された統一地方選挙で、前記のような違反が行われたことにかんがみ、当時行われていた公選法の改正について審議するため、同年五月八日衆議院に公選法改正に関する調査特別委員会が設置され、同月二三日には同委員会の中に選挙法改正要綱案の作成にあたらしめるための公選法改正調査小委員会が設置された。

(二)  昭和二六年五月二三日の右調査特別委員会では、各政党から、戸別訪問、街頭演説、選挙運動期間、立会演説、不在者投票、罰則等の諸項目についての改正意見が述べられたが、各党の不在者投票、代理投票に関する意見として、自由党からは、本人が旅行その他の支障のために投票所に行つて投票することができない場合以外の不在者投票は廃止すべしとの意見が、国民民主党からは病気その他の理由による自宅での投票は弊害があるので廃止すべしとの意見が、社会党からは代理投票は弊害があるので廃止すべきだが、不在者投票については不正を防止して行きたいとの意見がそれぞれ述べられた。しかし、共産党からは、不在者投票、代理投票についての意見は述べられなかつた。同月二五日の右調査特別委員会では、過般の統一地方選挙につき、全国選挙管理委員会事務局長から、不在者投票、代理投票が悪用された向きが相当多いとの意見が述べられ、国家地方警察本部刑事部長及び法務府検務局総務課長から、不在者投票、代理投票の悪用(詐偽投票、偽造投票)、買収、利害誘導、饗応等の選挙違反事件についての中間報告がなされた。

(三)  同調査特別委員会は、過般の統一地方選挙の実情を調査し、合わせて各地の選挙管理委員会並びに地方議会等と公選法改正に関する意見の交換を行い、もつて公選法改正案の立案に資するため、委員八名を、第一班東北、北海道方面、第二班関東、信越、東海方面、第三班近畿、四国方面、第四班中国、九州方面の四班に分け、委員をそれぞれの方面に昭和二六年七月二日又は六日から一〇日間派遣し、派遣された委員において、各地の選挙管理委員会、地方議会、道府県当局、検察庁、公安委員会等と公選法改正に関する意見の交換を行つた。そして、同月二六日の右調査特別委員会において、衆議院法制局第一部長から、委員派遣地における公選法改正に関する主要意見が報告されたが、そのうち不在者投票に関しては、その一は、自宅等における投票には弊害があるから病人等の在宅投票制度を廃止すること、その二は在宅投票制度は存置するとしてもその場合の投票の代理記載は認めないことにすること、その三は、医師等の不正証明に対する罰則を設けるか又は証明書の交付にかえ診断書を交付させることにすること、その四は、不在者投票も場合によつてはその必要があるので、弊害を除去し是正するという意味において再検討すること、などの意見があつたことが報告された。なお、同調査特別委員会は、同年一〇月イギリスに委員を派遣して同国の選挙法制及び選挙の実情を調査、視察させた。

(四)  公選法の立案に参画した衆議院法制局では、在宅投票制度を廃止すると、疾病等のため選挙権を行使することが不可能となる者が生ずることは当然予想していたが、在宅投票制度を廃止するか否かはあくまでも選挙権それ自体の制限とは関わりのない、選挙権行使の便宜の問題であるから、これを廃止しても憲法違反の問題は生じないという見解をもつていた。そのため、衆議院の公選法改正調査小委員会において、委員の一人から在宅投票制度を廃止しても憲法上問題はないかとの質問を受けたとき、衆議院法制局第一部長は、法制局の見解として、憲法では、公務員の選定罷免権、普通平等秘密選挙が保障されているが、投票の方法、例えば在宅投票制度の採否については、憲法四七条で法律によつてこれを定める旨規定されているから、それは第一次的には国会の裁量に委ねられているうえ、憲法の前文によれば、国民が正当に選挙された国会における代表者を通じて行動することが民主主義の基本であり、不正な選挙によつて選出された代表者というのは国民の真の意思を反映した者でなく、その者を通じて行動することは偽りの民主主義であり憲法の精神に反するものであるから、不正の多発する在宅投票制度を廃止することは、憲法全体の構造の上から許されるものであると述べた。

(五)  昭和二六年一〇月八日の同調査特別委員会においては、前記改正調査小委員会が五回にわたつて協議した結果決定した公選法改正要綱(第一次案)が中間報告として報告されたが、右改正案要綱(第一次案)には、既に決定のものとして、選挙に関する区域、選挙期日の公示又は告示、代理投票、不在者投票等三六項目にわたつて改正意見が表示され、未決のものとして、公務員の選挙運動の禁止、選挙運動員制度等八項目が指摘されていたが、不在者投票に関しては、「疾病等のため歩行が著しく困難であるべきことを事由とする不在者投票(所謂在宅投票)は、これを廃止し、不在者投票管理者が管理する一定の投票記載場所においてする場合に限り認めること。(在宅投票の廃止に伴い医師の証明書制度は不用となる。又在宅投票の場合の代理投票も認められないことになる。)」との改正意見が表明され、その改正の理由として、衆議院法制局第一部長は、「不在者投票は過般の選挙等におきまして、病気というようなことの事由によりまして、非常に多くの医師の証明書等が出されまして、その意味による不在者投票が行われまして、結果において非常な弊害を伴つたという実例もございますので、それらの弊害が伴いますような在宅投票制度を廃止いたすことにしようというわけでございます。しかしながら、不在者投票制度は、制度自体といたしましては、そうゆう弊害が除かれ得るならば必要な制度でありますのでこれをいかして行く、こうゆうことでこの六が要綱としてあげられておるわけであります。」と説明した。

(六)  一方、総理府設置法(昭和二四年法律第一二七号)一五条により、かねて、内閣総理大臣の諮問に応じて国会議員の選挙及び地方公共団体における選挙に関する制度について調査審議するため憲法学者、弁護士等の学識経験者などを構成員とする選挙制度調査会が総理府の附属機関として設置されていたが、同調査会は、昭和二六年五月二二日内閣総理大臣から、最近行われた各種の選挙の実際にかんがみ、選挙制度の上に改正すべきものがあると認められるので、調査のうえ、これに対する要綱案を示すようにとの諮問を受けた。そこで、同調査会は、審議事項を、選挙法の基本的観念に関する事項等九項目に分け、これを第一ないし第三委員会の審議に付したのであるが、「不在者投票及び代理投票についての再検討」は、第一委員会(委員長宮沢俊義)の審議に付せられた。右第一委員会は、同年六月四日の第一回を始めとして七回の委員会を開催し、付議事項につき審査、各委員から私案も提出されて意見の交換、討論もなされたが、不在者投票に関しては、第四回の委員会において、古井喜実委員から、病人等の不在者投票は過般の選挙において多くの弊害をもたらしたが、不在者投票を広く認めるということは事柄として歓迎すべき点があるので、これを廃止しなければならないほどの弊害があるのか或は他の方法がないかどうかの意見を伺いたい旨述べたのに対し、関口泰副会長は弊害を除去することを考えて不在者投票を存続させることが好ましいと述べ、加藤大謳委員は、不在者投票が悪用されて弊害が多く選挙無効の争訟なども多発しているから廃止すべきだとする意見が多いと述べたのに対し、右古井委員は、不在者投票の悪用は、選挙の浄化をはかる啓蒙運動や浄化の国民的機運を醸成することによつて或る程度防止することができるから、不在者投票の折角の道を狭めて行くことに少し気残りがする旨述べ、同居者の介在を許さない本人による郵便投票だけ認めてはどうかという意見を出した。宮沢俊義委員長は、もともと選挙を最も簡単明瞭にかつ弊害を少くするためには、本人が投票所へ行つて投票する制度が好ましいものであるが、長年の経験からして、そのような制度にすると、投票ができないという非常に気の毒な場合が生じるので、それを補正するため不在者投票制度を設けたのであるが、その制度自体に濫用されるという弊害が内在しているから、弊害を強調するとこれをなるべく制限しようとする方向になり、便宜ということを強調すると弊害の生ずる余地が広くなるから、政治教育その他の方法で補いながら不在者投票制度を継続するということも相当の理由があることと思われるが、病院以外で寝ている場所で記載するということは危険の多いことである旨述べた。しかし、同委員らの右意見も在宅投票制度を存続させることが憲法上の要請でありこれを廃止することが憲法の保障する普通平等選挙の原則に反するからというのではなく、専ら政策的に、「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」の便宜を図るという趣旨から、在宅投票制度の廃止に疑義を述べたものであつた。

(七)  選挙制度調査会は、第一ないし第三委員会に対し、選挙法の基本的観念に関する事項その他の事項の審議を付託すると共に、合わせて調査会の総会をも開催して審議し、昭和二六年六月四日の第三回総会においては、地方の選挙管理委員会の委員長の出席を求め、意見を聴取したところ、不在者投票の八〇パーセントまで悪用されたので、病院のような不在者投票管理者の管理する一定の場所を不在者投票所として設置することには支障がないが、家庭における病人等の不在者投票は廃止し制限すべきであるとの意見が多く表明された。同調査会は、その後も三回にわたる総会での審議と委員会の連合審議を経たうえ、同年八月二八日内閣総理大臣に対し、衆議院議員選挙制度改正要綱を答申した。右答申は、不在者投票に関しては、「病人等の不在者投票は、都道府県管理委員会の指定する病院等においてする場合に限ること。」という内容のものであつた。そして、右改正要綱は、同二七年二月一三日の衆議院の公職選挙法改正に関する調査特別委員会に提出され、同委員会において選挙制度調査会の会長牧野良三から、右改正要綱作成経過についての説明がなされた。同会長は、右改正要綱の基本的特色として、選挙に関する各種の基本観念を明らかにしたこと、選挙手続を改善したことなど五つの特色を明らかにすると共に、不在者投票に関し、「不在者投票というものは、いろいろな面の便宜を図るために親切に行わんとする結果として、却つて大きい弊害を来しておる。従つてこれは大所高所から、何人も正しいと見る思い切つた方針を定めようというのが主なる点である。」と説明した。

(八)  昭和二七年六月四日衆議院の公選法に関する調査特別委員会において、第一〇ないし第一三回国会と約一年間にわたつて公選法改正について検討した結果公選法改正調査小委員会が成案を得た改正案要綱が報告されたが、不在者投票については、「疾病等のため歩行が著しく困難であるべきことを理由とする不在者投票(所謂在宅投票)はこれを廃止し、不在者投票管理者が管理する一定の投票記載所においてする場合に限り認めること。」とされていた。右委員会において、衆議院法制局第一部長は、不在者投票の改正理由として、「不在者投票は御承知の通り、この前の地方選挙におきまして、いわゆる在宅投票制度につきましてこれを悪用せられました結果、その間に不正投票が行われたような現状でありますので、この際やめまして、特別の投票管理者を置きまする病院等につきまして、この不在者投票制度を認めるということに致したのであります。」と説明した。右改正案要綱に対しては、自民党、改進党、社会党は全会一致で賛成し、共産党だけは一部反対の意向を示したが、それは選挙運動期間の短縮、未成年者の選挙運動の禁止、署名運動の禁止、選挙葉書の枚数制限等についてであつて、在宅投票制度の改正については特に異論を述べなかつた。同調査特別委員会は、翌同月五日の会議において、「政党その他の政治団体の選挙運動」に関する規定の一部を修正したうえ、小委員会の改正案を同委員会の成案とすることを可決した。そして、同日衆議院本会議に公選法の一部を改正する法律案(公選法改正に関する調査特別委員会委員長提出)として提出され、賛成多数で可決され、参議院に送付された。

(九)  他方、参議院でも、第一〇回国会の会期中である昭和二六年五月一六日公選法改正に関する特別委員会が設置され、同特別委員会は、政府委員から過般実施された地方選挙の実情の報告を受けると共に、各党派から改正の必要ある事項についての意見を聴取した。次いで、同委員会は、衆議院の前記特別委員会と同様、委員を四班に分け全国各地に派遣し、派遣された委員において各関係当局から事情を聴取し意見を交換してその結果の報告を受けたが、不在者投票制度については、弊害が多いので廃止するという意見が多数であつた。同特別委員会は、立案について詳細に検討させるため、小委員会を設置し、改正要綱の作成に当らせたが、同年一〇月九日の右特別委員会で報告された小委員会での審議の結果は、不在者投票については、「病気等の事由による不在者投票は、都道府県の選挙管理委員会の指定する病院等において行う場合に限りこれを認めること。」というものであつた。参議院における公選法改正案件は、第一三回国会から地方行政委員会に付託されたが、参議院地方行政委員会は、同二七年三月六日に選挙制度調査会会長牧野良三から右調査会の作成した前記の衆議院議員選挙制度改正要綱の説明を受けた。同年七月一四日衆議院提出の公選法の一部を改正する法律案が同委員会に付託されたので、同委員会では、衆議院における公選法改正に関する調査特別委員会の当時の委員長であつた衆議院議員小澤佐重喜から、右改正法律案の提案理由の説明を受け、政府委員の出席をも得て質疑、討論した結果、同月二九日の前記委員会で右改正法律案は賛成多数で可決され、同月三〇日参議院本会議に公選法の一部を改正する法律案として提出され、賛成多数で右改正案は一部修正(この修正はかなり多岐にわたつたが、在宅投票制度には関しないものである。)されたうえ可決され、右修正案は同日衆議院に回付されて、同日衆議院本会議でこれが可決され、本件改正法が成立するに至つたものである。

2  次に、本件改正法成立時のころまでに発表された文献の中には、憲法による普通平等選挙の保障には、選挙権行使の機会平等の保障も含まれ、従つて、「疾病等のため投票所へ行つて投票することができない在宅選挙人」に投票の機会を与えるような立法をしないことは憲法に違反するとした学説は見当らず、そのような裁判例もなかつたことは弁論の全趣旨により明らかである。

3  更に、諸外国における身体障害者等のための特別な投票制度の採用状況、その法的評価等について検討するに、<証拠>によると、次の各事実が認められる。

(一)  昭和二七年当時(本件改正法成立時)において、身体障害者等のための特別な投票制度を採用していた国は、アメリカ合衆国の一定数の州、イギリス、オーストラリア、ソ連であり、その投票手続としては、郵便による投票、使送による投票、代理人による投票並びに選挙管理機関の訪問による投票があつた。

(二)  昭和二七年以降同五一年ころまでの間に身体障害者等のための特別な投票手続を採用した国としては、アメリカ合衆国の一定数の州、オランダ、西ドイツ、フランス、スイス、ベルギー、カナダ、ノールウエー、ニユージーランド、スウエーデンがあり、昭和五一年当時においても特別な投票手続を採用していない国としては、アメリカ合衆国の一部の州、イタリア、オーストリア、東ドイツ、デンマーク、フインランド、イスラエル、インド、大韓民国、ブラジル、ギリシヤ等がある。

(三)  また、身体障害者等のための特別な投票手続を一旦採用しながらこれを廃止した例も数例あるが、このうち、アメリカ合衆国のケンタツキー州(一九一八年)及びペンシルバニア州(一九二五年)の例は、特別な投票手続が州憲法に定める投票所投票主義と牴触し憲法違反であるとされたため廃止されたものであり、同ニユージヤージー州(一九二六年)及びインデイアナ州(一九二七年)の例は、弊害が多発したため廃止したものである。なお、身体障害者等のための特別投票手続の採用又は復活のための法案が選挙の純粋さ(purity of election)に対する危険等の理由で議会によつて否定された例としては、イギリス(一九二五年)、スイス(一九三六年及び一九四七年)、オーストラリア(一九一三年)があり、同じく実行不可能ないし管理の困難等の理由で否決された例としては、スイス(一九五六年)、オーストラリア(一九五六年)がある。

(四) 次に、身体障害者等のための特別な投票手続の法的評価についてみると、アメリカ合衆国の判例では、不在者投票制度は法律によつて選挙人に認められた特典(Privilege)であつて、絶対権(Absolute right)ではなく、それは、もともとは軍役に従事する者に投票の特典を可能にすることを目指したものにすぎないとされ、西ドイツ連邦憲法裁判所一九六一年二月七日の判例は、一身上又は職務遂行上の理由から、自らの意思により又はその意に反して投票所で選挙権を行使することのできない選挙人のための郵便投票の採用は、立法者の法的義務としてではなく、政治的裁量として行われるもので、これを採用しないからといつて基本法の保障する選挙の普通、平等の原則には違反しないものとしている。

右に認定したところによれば、本件改正法案の審議にあたり、当時の国会議員は、同改正法が「疾病等のための投票所に行くことができない在宅選挙人」に対する関係で違憲、違法と評価されるべきものであるという認識を全くもつていなかつたことが明らかである。また、同改正法案はずさんな審議により表決に付せられたわけではなく、むしろ、憲法学者、弁護士等の専門家をも含む委員で構成された選挙制度調査会の答申をも経て慎重に審議されたものと評価できるところ、当時の憲法学説や裁判例の状況、諸外国における身体障害者等のための特別な投票制度の採用状況やその法的評価等に照し考えると、右審議にあたり、国会議員において在宅投票制度を廃止する本件立法行為が「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」に対する関係で違憲、違法であることを予かじめ知ることはできなかつたものといわざるを得ない。なお、本件改正法の成立後、昭和四九年法律第七二号公選法の一部を改正する法律の立法作業が開始されたころまでの間に、国会議員において、右の違憲、違法性を認識し、又は認識すべかりし事由が新たに生じたことを認めるに足りる十分な証拠はない。

六そうすると、原告らの本訴国家賠償請求のうち、昭和四九年法律第七二号による公選法の一部を改正する法律が施行されるまでに行われた選挙についての選挙権が侵害されたことを理由とする部分は、違憲、違法に右選挙権を侵害することについて、国賠法一条一項にいう公務員としての国会議員の故意又は過失が認められないのであるから、原告らが「疾病等のための投票所に行くことができない在宅選挙人」に該当するかどうかを含むその余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。

次に、原告らの請求のうち、「右改正法(昭和四九年法律第七二号)による改正後の公選法並びに同改正に伴い改正された公選法施行令に定める投票の方法(原則としての投票現場自署主義による方法、又は同法令の規定に基づく在宅投票を含む不在者投票による方法)に関する規定が「疾病等のため投票所に行くことができない在宅選挙人」に対する関係でなおも違憲、違法であることを理由とする部分は、右投票方法に関する規定によつても原告らの選挙権が侵害されるべきことを認めるに足りる証拠がないから、右の違憲、違法を論ずるまでもなく、失当といわなければならない。

七以上の次第で原告らの本訴請求はいずれも理由がなく排斥を免れないものというべきである。

なお、本件訴訟における原告らの主張のうちには、内閣構成員、すなわち内閣総理大臣並びにその他の国務大臣の法案提出権ないし提出義務を論ずる部分がある(請求原因4の(二)参照)けれども、これだけでは内閣構成員の不法行為を原因とする国家賠償請求を求めているものとは解しがたいところ、仮にそれを求めているものと解する余地があるにしても、右構成員の故意・過失についての主張立証がないから、その余の点を判断するまでもなく、当該請求は失当である。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(尾方滋 田中優 矢村宏)

別紙(一)〜(二)<省略>

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